京の巻137・これを見ると思い出しますね!

 子供たちの夏休みも、まもなく済んで、2学期が始まる頃です。最近はもう2学期の始まっている学校もちらほら見受けられます。
 この間、職場の近所を歩いていたら、お地蔵さんを見つけました。

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 京都のまちでは、ちょくちょく見かけるのですが、この時期は、ちょうど地蔵盆の時期なので、かつての子供時代の地蔵盆の楽しかったことを思い出します。8月23,24日頃に子供の健やかな成長を祈り、災難から地蔵尊が子供たちを守ってくれるよう、大数珠回しなどの儀式が行われます。

 これもなかなか面白いのですが、やはりその後の、福引やのど自慢大会、時には映画会、金魚すくいなどもあったかな。私が子供のころは、2日間あり、子供の名前を書いた提灯などが吊り下げられたお地蔵さん周辺の会場に行くのが、ものすごく楽しみでした。

 もらったお菓子を食べながら、友達としゃべっているだけでも楽しいものでした。夜はのど自慢大会で大人も集まり、応援を受けながらそれぞれの歌を歌い、景品ももらい地域ぐるみで楽しめる一夜でしたね。もう50年以上も前のことでした。

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京の巻136・ちょと戻りますが・・・(すみません)

 祇園祭りも済んで、8月となり京都も夏本番!
 大文字送り火(8月16日夜)まで京都らしい話題が見あたらないので、ちょっと戻りますが、ご容赦を。
 1年の半分は6月末ですが、正月以来の半年間にたまった穢れや厄を一度払ってしまおう。それで後の半年をなんとか乗り切ろうと言うのが、「夏越の祓え(なごしのはらえ)」という行事です。
 京都の各神社では、大きな茅で作った輪(茅の輪:ちのわ)をつくり、お祓いする人は、この輪をくぐります。
まず、左足からまたいで左を回り、次に右へ回り、最後にもう一度左へ回ります。
 以前にも何度か行ったことはあるのですが、今年は、護王神社へ夫婦で出かけました。
 神事に参加できると知ったからです。
 
 
 
 

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 神職が祝詞をあげ、参拝者も併せて祝詞(大祓詞)をあげます。結構長い(800字余り)のですが、これを五回も繰り返します。ちょっと疲れました。

 その後、切麻(きりぬさ:四角に切った小さな紙)を体にかけて身を清めます。最後に人形の紙で身体の具合の悪いところをさすり人形に移します。

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 その人形を集め唐櫃に納め、神職が担いで茅の輪(ちのわ)をくぐり、最後にその人形を焚き上げて穢れや厄を祓います。なかなか興味深い神事に参加することができました。
 後半年頑張ろうという気になりました。

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京の巻135・三年寝太郎してました?!(また祇園祭りから)

 前回の「京の巻・134」から三年が経ちました!!!
京都の暑さにまいった訳ではないのですが、あっと言う間に三年間です。
また、再開しようかという気になりましたので、興味ある方は時々ご覧ください。
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 さてさて、今年も京都では祇園祭りの時期です。前祭りの山鉾巡行も華やかに執り行われました。
 いつも先頭を行く長刀鉾に続くのは、「山壱番」のくじを引いた山なのですが、今年は「占出山」が山壱番でした。神功皇后が御神体である占出山が「山壱番」を引くと、特に安産になると言われています。めでたいですね。

写真は、各山鉾町で押してもらえる御朱印です。上は長刀鉾、下は占出山です。

占出山の魚は鮎ですがこれを題材にしているのは、神功皇后が戦地に赴くときに釣りで占いをし、魚が釣れたら勝ち戦だと言ったところ、魚が釣れたのです。そしてその魚が鮎だったのです。(丁度この時期は、鮎が美味しい季節でもありますね。)

 そのため、鮎は魚へんに占がつくりになっているのです。(一説です。)

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 下の写真はおなじみ「粽(ちまき)」です(食べられません。厄除けです。)。

 各山鉾でそれぞれの粽を作りますが、左の札に「蘇民将来子孫也 占出山」とあり、右の札には「御山壱番」とあります。

山壱番のくじを引いた山だけが着けることができ、名誉なこととされています。

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京の巻134・まだ済んでませんよ~

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  こんこん♪ちきちん♪こんちきちん♪♪京都の暑い夏をいっそうホットにする祇園祭の山鉾巡行が17日に行われましたが、祇園祭がすんだわけではありません。今年から復活した後祭(あとまつり:昨年までは「花傘巡行」)や「還幸祭」、「神輿洗」「神事済奉告祭」最終日の31日には「疫神社夏越祭」が行われ、一か月にわたる祇園祭りが済みます。

 ながい期間の間には一般の方でも見られる様々な祭りの姿があります。そのうちの一つに、「鉾建て」という鉾を組み上げる作事(作業)があり、10トン~12トンもある鉾をしっかりとしかし柔軟に骨組みを組み上げる「縄がらみ」があり、各鉾町で見ることができます。

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いかがですか?蝶のような形も見られますし、全体にきれいな形をしていますね。この鉾建て作業中の鉾は「放下鉾(ほうかぼこ)」です。

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  この仕上がった鉾は「長刀鉾」で、綺麗に縄が巻かれているのは、車輪を取り付ける「石持」という大きくて重い角材です。長刀鉾のものは桜材だそうですが、この編み上げられた縄も見事としか言いようがありませんね!

 一つの鉾に使う縄の長さはおよそ5キロメートルにもなるといいます。これも驚きです。

こういったところに興味を持つのも、祇園祭の楽しみの一つでしょう。

 

 

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京の巻133・決して間違えないように!

   モミジに「イロハモミジ」という種類がありますが、別名「高尾もみじ」ともいわれています。京都の高尾に多く生え、紅葉がきれいということで有名ですね。

 その高雄に「神護寺」という歴史あるお寺があるのですが、ここにはモミジと歴史だけでなく、ちょっと変わった風習があります。

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静かな境内の奥にある奥ノ院の一角に「かわらけ」が売られています。「かわらけ」とは素焼きの小さな皿のことです。

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中に「厄除」と書かれているように、厄除けをするために、清滝川の谷にこの「かわらけ」を投げ込みます。「かわらけ投げ」といわれています。

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谷は深く、なかなかうまく投げることができませんが、きれいな谷に投げ込むのは気分が晴れます。うまく飛べばもっと気持ちいいのでしょうが・・・。

  このとき決して願い事をしてはいけません。願い事が「かわらけ」と一緒に飛んで行ってしましますので・・・。つい間違えそうですが、ご注意を!!

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京の巻132・見事によみがえりました!

  桜、新緑と木々のもつ華やかさ、明るさに心が満たされる季節が続きますね。少し前ですが、皆さんもおなじみのあの寺院にいってきました。

 1年半ほど前から御堂の修理が行われていて、あらかたの修理ができ拝観できるようになったところです。
 

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  この建物は、平安時代の1053年に建立されたものです。およそ一千年前の姿が見事によみがえったのです。・・・といっても誰も当時の姿を見た人はいないのですが。

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 もうお分かりでしょう。十円と一万円に関係あるというのもヒントになりますね・・・。

 以前は時代を感じさせる姿で、屋根の両端の飾りものも緑青で“渋い”感じで歴史を、つまり長い時を感じさせるものでしたが、これも見事によみがえったようです。

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「金色に輝く鳳凰」の姿は綺麗でした。本来は本尊の阿弥陀如来を祀ってある御堂なので、「阿弥陀堂」というのですが、この鳳凰が極めて目立つところから「鳳凰堂」というほうが通りがよいようですね。・・・宇治にある「平等院鳳凰堂」でした。

 ところで、このお寺は藤原道長のこどもの頼通が別荘を寺院にしたものですが、何宗だと思いますか?17世紀ころからは天台宗と浄土宗を兼ねていたそうですが、今では宗派に属さない単立の寺院だそうです。

 他のお寺と少し違って、あまり線香くさい感じはしません。それは阿弥陀様、鳳凰それに池を面前にしつらえた庭が「極楽浄土」をあらわしているといわれるように、一つの究極の世界をあらわしてるからかも知れません。

 お祈りしなくてもすでに極楽浄土にいるような・・・ちょっと不思議な場所ですね。 

 最後にもうひとつ、この場所の別荘は頼道の手に渡る前には幾人かの所有を経てきているのですが、もともとは源融(みなもとのとおる)が作ったものです。源融は「源氏物語」の光源氏のモデルといわれている人物で、源氏物語ゆかりの宇治にふさわしい人物なのが興味を引きますね・・・。

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京の巻131・清水さんにこんなものが・・・

  京都といえば清水寺とくるでしょうね・・・。京都の人にも観光で訪れる人たちにも本当になじみの深いお寺です。歴史も古く、舞台を南面に備えた本堂はすぐに京都とわかるまさに”京の顔”ともいえるでしょうか。

 そんな清水寺にも本堂以外にも色々とみるべきものがありますが、こんなものもありました。

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 朱塗りの建物は仁王門です。産寧坂のほうから清水さんにお参りに来たらまず目に付く建物ですが、その向かって左手前におかれた石標がそれです。

 仁王門のことでも示してあるのかと思いましたが、そうではなく、測量の基準点ということでした。明治初期に京都の街の地図を作るため設けられた幾つかの基準点の一つなのです。

当時の内務省地理寮(いまの国土地理院)が設けたものなのですが、いつの間にか土中に半分ほど埋もれていて、掘り起こされたのは平成14年のことだそうです。

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 石標の上の縦長部分の下のほうが若干白くなっていると思いますが、そこの横にいった筋のあたりまで埋まっていたとか・・・。当時の観測点は27か所で、ここと同じような基準点は9か所とか・・・、でも今残っているのはこの清水寺仁王門横のものだけだそうです。ちょっと貴重なものですね。

 ちなみに写真に写っている御影石(花崗岩)の部分は「表示柱石」で各面に「測点」「地理寮」「明治八年」「明治十五年八月建地理局」とそれぞれ刻まれています。その下の黒っぽい板状のものは「保護蓋石」で地中に埋められている本体の「基準点標石」を保護する蓋です。

 

 こういうものが残っているのも大したものですが、ここから視準したのが「高瀬七条上る」、「六角堂」と「聖護院村」だそうです。当時は大寺院を除けば高層ビルなどもなくある程度見通しが良かっただろうとは考えられますが、一番遠いと思われる「聖護院村」あたりだと直線距離にして約3~4キロメートルあります。英国の測量技術で測ったとのことですが、3キロ先まできちんと測れたのが、とてもすごいことだと思います。

  やがてこの測量技術を身につけた日本の測量技師たちの力が、日本人だけでなしとげた琵琶湖疏水の測量技術へと発展していったのではないかと思われます。

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京の巻130・ここからも絶景かな!

  今年もあとわずか。忙しく一年が過ぎようとしていますが、結構充実した一年でもありました。京都に住まいあちらこちらにも出かけますが、地元京都にももちろん良いところがあります。地元ゆえに気楽に出かけられるのが何よりです。

 

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 大きな屋根越しに京都タワーが望めます。後ろの山は愛宕山で、市内から望める山で一番高い山でもあります。標高は924メートル。

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廊下のような板張りの通路は、三門の上にある回廊です。

ここは、東福寺の三門で、「三解脱門」のこと。涅槃の域に到達するために通る「空門(くうもん)」「無相門(むそうもん)」「無作門(むさもん)」の三つの門のことをさすそうです。

 この門が国宝に指定されたのは明治30年(1897)12月28日ですから、もう116年も経ちます。ただし、現在「国宝」とされているのは文化財保護法によるもので、明治30年の指定時は古社寺保存法という法により指定されたものだそうです。(現在の国宝と重要文化財に相当する両方のものが指定されていたようです。これらを旧国宝とも呼び、1951年(昭和26年)6月9日に文化財保護法により指定されたものは「新国宝」と呼びます。)

 ちょっとややこしい話ですが、明治以来重要な文化財として大切にされてきたことには間違いありません。国宝にたがわずまことに立派な建造物で、その国宝の三門にあがることができました。(特別拝観の時期にあがれます。)

 

 南禅寺三門の上から「絶景かな、絶景かな!」と言った人物がいますが、この東福寺三門からも現在の京都の街の絶景が眺められます。本当に「絶景」でした。

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今年はこれにて(ちょん、ちょん、ちょん)。 来年もよろしくお願いします。

 

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京の巻129・お隣でした・・・

 前に紹介した金戒光明寺のすぐ隣に”真如堂”という寺院があります。天台宗のお寺で「真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)」というのが正しい名前です。天台宗ですから、もとは比叡山延暦寺にあり、戒算上人が延暦寺常行堂にあった阿弥陀如来をあの藤原道長の姉(詮子)の離宮に祀ったのが始まりだそうです。平安中期の永観二年(984)のことです。

 その後応仁の乱など様々な変遷があって、今の本堂は江戸時代の享保二年(1717)に上棟されました。

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 なかなかりっぱなお堂ですね。そのお堂の横にある桜の樹が植わっていました。もう花の時期は過ぎていましたが、少し変わった特徴がありました。ふつう桜の樹皮は皮目(ひもく) が横にいくものです。しかしここの桜はむしろ縦方向にありました。

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縦に筋がいっているのが分かると思います。この桜は徳川家光の乳母であった春日局がその父斉藤利三を弔うために植えたものです。植えてから300年以上も経っていたそうですが、伊勢湾台風で折れてしまいました。しかし、数年後に折れた幹からわずかに育つ芽があり、それが大きくなったものだそうです。名付けて「たてかわ桜」といいます。巨樹の多い江戸彼岸系の品種のようです。ちょっと珍しい桜に思わぬところでお目にかかりました。

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本堂を背景にした「たてかわ桜」です。

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京の巻128・ここもゆかりの場所です

  旧京都府庁の中庭に咲く「容保桜」をご紹介しましたが、京都守護職松平容保の京都での本陣とされた金戒光明寺に出かけてきました。

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 本来は三門から入るのですが、ただいま工事中のため仕方なく脇から御影堂に向かいました。広い石段を登ると御影堂があります。

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なかなか立派な建物です。ここは浄土宗の寺院で、宗祖法然の坐像(御影)が祀られている場所です。現在の御影堂は、昭和9年の火災後に再建されたもので、昭和19年に落成しています。右手から山の方へ続く階段を上がると、三重塔がありました。

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 階段は少々きつかったですが、振り返ると京都の街並みが見渡せます。容保をはじめ会津藩の藩士たちもここから市中の様子を眺めていたのでしょうね。ここ金戒光明寺も松平容保や会津藩にゆかりの地なのです。

 そんな会津藩士たちも最後は鳥羽伏見の戦いなどで尊い命を落としてしまうことになります。ここには、無念の最後を迎えた藩士を弔う会津墓地があり、歴史の影を思い起こさせます。(合掌)

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