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京の巻131・清水さんにこんなものが・・・

  京都といえば清水寺とくるでしょうね・・・。京都の人にも観光で訪れる人たちにも本当になじみの深いお寺です。歴史も古く、舞台を南面に備えた本堂はすぐに京都とわかるまさに”京の顔”ともいえるでしょうか。

 そんな清水寺にも本堂以外にも色々とみるべきものがありますが、こんなものもありました。

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 朱塗りの建物は仁王門です。産寧坂のほうから清水さんにお参りに来たらまず目に付く建物ですが、その向かって左手前におかれた石標がそれです。

 仁王門のことでも示してあるのかと思いましたが、そうではなく、測量の基準点ということでした。明治初期に京都の街の地図を作るため設けられた幾つかの基準点の一つなのです。

当時の内務省地理寮(いまの国土地理院)が設けたものなのですが、いつの間にか土中に半分ほど埋もれていて、掘り起こされたのは平成14年のことだそうです。

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 石標の上の縦長部分の下のほうが若干白くなっていると思いますが、そこの横にいった筋のあたりまで埋まっていたとか・・・。当時の観測点は27か所で、ここと同じような基準点は9か所とか・・・、でも今残っているのはこの清水寺仁王門横のものだけだそうです。ちょっと貴重なものですね。

 ちなみに写真に写っている御影石(花崗岩)の部分は「表示柱石」で各面に「測点」「地理寮」「明治八年」「明治十五年八月建地理局」とそれぞれ刻まれています。その下の黒っぽい板状のものは「保護蓋石」で地中に埋められている本体の「基準点標石」を保護する蓋です。

 

 こういうものが残っているのも大したものですが、ここから視準したのが「高瀬七条上る」、「六角堂」と「聖護院村」だそうです。当時は大寺院を除けば高層ビルなどもなくある程度見通しが良かっただろうとは考えられますが、一番遠いと思われる「聖護院村」あたりだと直線距離にして約3~4キロメートルあります。英国の測量技術で測ったとのことですが、3キロ先まできちんと測れたのが、とてもすごいことだと思います。

  やがてこの測量技術を身につけた日本の測量技師たちの力が、日本人だけでなしとげた琵琶湖疏水の測量技術へと発展していったのではないかと思われます。

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