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森の巻83・こんなところに池が・・・

 琵琶湖を望む湖西の山の一つに蓬莱山があります。標高は1,174メートルとそこそこ高い山です。実はここの頂上付近は「びわ湖バレイ」というスキー場となっています。そのため山麓から大型ロープウェイ(121人乗)が782メートルの標高差のある1,700メートル余りの距離を約5分という超スピードで山頂付近まで運んでくれます。小さな子供もお年よりもおまけにペットの犬まで乗車OKなのです。スキー場のゲレンデ周辺は、ファミリー客であふれかえり、レストランや売店、遊びの広場などなど、ちょっとした観光地の様相です。

それはそれで結構なのでしょうが、少し山歩きをしようと初めて出かけた身にはちょっとがっかりした気分になってしまいました。

 少し歩いたところに小さな池があると聞いていましたので、その池を目指して頂上から下りました。ところが、このコースが先ほどの喧騒が信じられないくらいに静かなコースで、別の山に行っているようでした。登山路の左には琵琶湖が遠望できます。湖岸の町並み、田んぼや琵琶湖大橋も眺めることができるのです。緩やかな勾配で平坦なところもあり大変歩きやすい登山路でした。眺めに見とれながら、鞍部まで降りると道標があり、右手に「小女郎ケ池」とあります。比良山系によく見られるという池や沼の一つで、ここは標高1,060メートルに位置するとかで、こんなところにも池があるのかと感心させられます。

 今から約6,300年前の火山噴火により積もった火山灰(アカホヤ火山灰)が池の地層にはさまれているそうです。Dsc00162 小さな池ですが、静かなたたずまいを見せていました。

昔、久衛門という男の孝という妻がここへ薪を取りに来て美貌の青年に出会い、以来夜になると池に出かけるようになり、不審に思った夫に見つかったのですが、お詫びのしるしに自分の左目をくりぬいて、こどもが乳をほしがったらこれをしゃぶらせてほしいと池に入っていったという悲しくも恐ろしい伝説があるそうです。その青年は池の主で大蛇であったとか・・・。孝女郎が入っていった池なので孝女郎ケ池といわれ、いつしか小女郎ケ池となったそうです。

 片道40分程度の登山道ですが、途中にお地蔵様が祀られていたりして、なかなか趣のあるところでした。景色のすばらしさもよく、比叡山や武奈ケ岳も望められ、山頂の喧騒も帳消しにできました。 Dsc00170_2

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森の巻82・聞きなれない名前ですが・・・

 お寺によく植えてあるという樹木の一つに写真の樹があります。なぜ、お寺に植えてあるのかというと、インドではある樹の葉に経文を書いていたといわれるものに、「貝多羅樹(ばいたらじゅ)」という植物があるそうです。そしてこの写真の樹の葉の裏面にも、文字が書けるのです。もちろん、ペンやマジックインクで書くのではないですよ。Dsc00175

細い棒切れみたいなもので、なぞるとその部分が茶色くなり、色もだんだん濃くなります。ですから文字だって経文だって書けなくはないのです。これは、葉の細胞がつぶされて空気に触れることで酸化して変色するということだそうです。

 名前はインドの、「貝多羅樹」にちなんで「多羅葉(タラヨウ)」といいます。「貝多羅樹」はヤシ科ですが、タラヨウはモチノキ科ですので、写真の果実は(9月に撮影)まだ緑色ですが、11月頃には赤くなります。モチノキ科なので、もちろん鳥もちがとれますよ。 この写真を撮ったのはお寺ではなく、上賀茂神社の境内でした。

Dsc00171

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森の巻81・カラスはカラスでも・・・

 「闇夜に烏」と言えば「雪に鷺」ときて、似ていて区別がつかないもののたとえとして言われる言葉ですが、今回紹介するのは、カラスはカラスでも、「カラスウリ」です。楕円形の朱色の実が蔓についているところが面白く、飾り物にしたりしますよね。

 このカラスウリの花が咲いていたので、写真を撮りました。白い花弁の先が髭状に細かく分裂してたいへんおもしろい形です01が、この花、夜に咲くのです。実はよく見かけたのに花をあまり見たことがなかったのは、夜咲いていたからだったんですね・・・。

別名を「結び状」とか「玉章(たまずさ)」などというそうですが、これは朱色の実の中にある種子の形が昔の結び文に似ているからとか・・・。なかなか文学的で結構です。また、見ようによってはカマキリの頭にも見えるとか!

同じウリ科の仲間にキカラスウリという植物がありますが、この根が1メートル以上にも伸びてそれから澱粉をとり「天花粉」と呼ばれる汗疹(あせも)を防ぐものとして使われていました。子供の頃は、お風呂上りによくつけてもらったものです。(今もつかわれているのでしょうか?)「天花粉」という言葉も一般には昔言葉になったのではないでしょうか。

02_2 今日は、「闇夜に烏」ではなく、「闇夜にカラスウリ」でした!

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京の巻92・いろんな由緒があるんです

 京都京北の山国隊の話をしましたが、山国にゆかりの人で牧野省三という方がおられました。日本映画の職業的映画監督としては最初の監督で『本能寺合戦』という日本で初めての時代劇映画を創った人です。坂東妻三郎、嵐寛十郎、片岡千恵蔵といった映画草創期のスターを育てた功労者でもあります。その牧野省三は、山国の生まれで、父は山国隊隊長だったそうです。

 そんな華やかな映画界とは少しイメージが違うのですが、山国に「山國神社」がありました。式内社ということで、やはりその歴史は古く、桓武天皇の父光仁天皇の時代で宝亀年間(770~780)に創建されたそうです。ここ山国が幕末明治の戊辰戦争で農民兵として活躍したのも、皇室との関係ある歴史があったからだそうです。そもそも平安京の大内裏を造営するときに木材を供給することとなり、御杣料地として定められたことに由来します。Dsc00204

以来長く御用木の調達先として、山国は禁裏(皇室)の荘園として深い関係を保ってきたのです。

 名前のとおり静かなたたずまいをみせる山国の郷にふさわしい「Dsc00205 山國神社」は大己貴命(おおなむちのみこと)こと大国主命が主祭神として祀られている神社です。おそらく普段はひっそりとしたたたずまいをみせ、地元の人以外は訪れる人も少ないだろうと思われます。でも、そこに深い歴史が刻まれ、落ち着いた様子で周囲の情景にあった社殿や敷地がとても懐かしいような感じを与えてくれました。

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