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京の巻71・伏見の十石舟で舟下り(2)

 乗船場から乗り込むと、十石舟は船頭さんの棹さばきもあざやかに、すべるようにすすみます・・・と言いたかったのですが、今は船外機(エンジン)付の和船です。それでも、両岸に柳の緑も鮮やかに穏やかな水面をゆっくりと動き出しました。Photo

右手に見えるのは、酒造会社の酒蔵です。板壁に白の塗り壁がきれいに見え隠れします。風情のある眺めです。この酒蔵は月桂冠でおなじみの大倉酒造のもの。できるなら、おいしい日本酒をちょっと一杯・・・といきたいところです。

少し進むと向こうから同じ十石舟がやってきてすれ違います。その昔もこうやって旅人同士が行き交う船で手を振っていたかもしれませんね。Photo_2 (続く)

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京の巻70・伏見の十石舟で舟下り(1)

【お詫び】続けてこのブログをご覧いただいていた皆様へ

  9月20日の記事依頼更新ができていませんでした。パソコンが再び故障したためです。中断していたことをお詫びいたします。  前回の記事で約束していた、滋賀の田上山の荒廃の状況については、データーの消失もあり別の機会にしたいと思います。 今回より、あらためて「京の巻」・「森の巻」・「風の巻」として、気の向くままにご紹介していきたいと思います。よろしくお付き合いのほどを・・・。

**************************************************************************  NNHK大河ドラマ「篤姫」でも少し出てきたかと思いますが、龍馬が幕府捕り方に襲われる場所は伏見「寺田屋」です。これは以前ご紹介したかと思いますが、今回は「十石舟」に乗船してみましょう。

なぜ伏見と舟が関係あるのかというと、かつて伏見は重要な交通の拠点でした。都が京都にあり、そこから各地へ移動するのに陸上なら馬や籠、徒歩などが主要な移動手段でしたが、もう一つ重要な交通は船による水運でした。

例えば、京と大阪を結ぶのは淀川という大きな河川ですが、京都近くから淀川に近づくにはその支流を利用しました。支流のひとつに宇治川があります。伏見は秀吉の伏見桃山城の例を出すまでもなく、その昔より賑わいのある街でした。日本で始めての「銀座」が造られたのも伏見です。徳川幕府にとっても重要な地域でした。Dsc00083

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