« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

風の巻46・あの石でこんなものが・・・

 前回、「逆さ観音」の近くの石を切り取ったと紹介しましたが、その石は「堰堤(えんてい)」の石材として使われていたのです。ここでいう堰堤とは、山の土砂が下流に流れて災害や河川、水路を狭めたり通水を阻害したりするのをふせぐ小さなダムです。その上流側に土砂を堆積して下流へ出来るだけ流さないようにするのが一つの目的です。Photo

 これが、明治時代に築造された石積堰堤で、「オランダ堰堤」と呼ばれています。その名のいわれは、明治となって新政府が土砂流出の激しい田上山地の治山のために、オランダから技術者を招聘し、ここにはヨハネス・デ・レーケという技師が来て指導にあたって、できた堰堤だからです。

 長さは見えている範囲で34m、高さも推定で約7mという大きさです。下の石ほど少し前に出ていて、上から落ちる水がその出た部分にあたって勢いを弱め、前面の土砂の洗掘を少なくしているのです。こういった治山の工事は各所で行われ、下流の草津川、瀬田川の河床の堆砂を防ぐのに役立っているのです。Dsc00076

 下の写真が、そのヨハネス・デ・レーケの胸像ですが、彼の功績を記念して現地のオランダ堰堤のそばに建てられています。

(田上山の荒廃については、次回に紹介します。)

| | コメント (0)

風の巻45・逆さ観音

 今回は近江の国の金勝山の金勝寺のお話。金勝寺は、奈良時代の聖武天皇の勅願により僧の良弁僧都が建立したお寺だそうです。山の上にあるため麓からの参道を通ってお参り行っていました。その参道脇に見られるのが、「逆さ観音」と呼ばれる磨崖仏です。写真でも分るように三体の仏像が彫られています。

 Photo これは「阿弥陀三尊仏」で真ん中に阿弥陀如来、左右に観音菩薩、勢至菩薩が彫られています。この磨崖仏は鎌倉時代のものとされています。

では、なぜ逆さまに?元々は逆さではなく真っ直ぐ立っていたそうですが、あるものを作るために石材が不足して、この磨崖仏の横の石まで切り取ったため、バランスを崩して転んでしまい、逆さになってしまったと言われたいます。明治の中ごろの話です。

 そこまでして、何をつくろうとしたのでしょう?(次回のお楽しみに・・・)

※「金勝山」は「こんぜやま」と呼びますが、「金勝寺」は「こんしょうじ」なんです。地名は読みが難しいですね。

| | コメント (0)

森の巻72・枯れ木に花ではありませんが・・・

「枯れ木に花を咲かせましょう」といってもなかなかそういうわけにもいきません。でも「丸太に葉っぱを生やしましょう」ならできるんですよ。ちょっと「えっ!」と思う人もいるかもしれませんが、本当なんです。

 我が家の家の隙間へ3年ほど前に根付いた桐(キリ)の樹が、ぐんぐんと大きくなって、隣家の塀を超えて枝葉を茂らせるようになりました。それで、思い切って途中から伐ってしまいました。伐った樹には枝葉はなく胸のあたりの高さまでの幹だけが残りました。伐ってしまった幹も枝を払い丸太にして立てかけておいたのです。Dsc00010_2

 元の幹だけの桐は、見事に萌芽し、多数の枝や葉をつけて復活しました。 ここまでは、まあ分っていたのですが、丸太にした幹から葉っぱが出ているのに気づいたときは驚きでした。まさか、丸太に??

 桐の樹の生命力には、本当にびっくりです。 根がないので、元の萌芽したものほどたくさん葉っぱは出ていないのですが、それでもちゃんとした葉っぱです。

見事「丸太に葉っぱをつけました!」Dsc00039_2

| | コメント (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »