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京の巻66・愛宕参りは・・・(2)

 清滝に別れを告げて急な昇りを歩き始めます。階段が多いので、最初はゆっくりと身体を慣らすとよいでしょう。道は広く、愛宕神社へ参拝するため上る人もちらほら見えます。

Dsc00087 山道は結構歩きやすく、家族連れで子どもを背負って登るお父さんもいました。

 山頂近くの愛宕神社は火伏の神様として名高く、京都の家庭ではたいてい「阿多古祀符 火廼要慎(ひのようじん)」と書かれたお札が台所に貼られています。

 愛宕神社までは五十丁に区切られ一丁ごとに道標があるので、歩く目安になります。ですから二十五丁はちょうど半分の道程ですね。そこにあるのが、下の写真の石碑なんです。下には「奈可屋(なかや)」と刻んでありますが、昔、道中に数多くあった茶屋や宿屋のひとつです。

かつては、一丁ごとに茶屋があったとか・・・。明治の初めにも十九軒の茶屋が残っていたそうです。もちろん今は石垣などが残るだけですが・・・、この中ほどに一軒くらい残っていてほしかったですね。

Dsc00085 「伊勢に七度、熊野に三度、愛宕さんには月参り・・・」と謡われた愛宕参りですが、毎月いくのはとても大変でしょう。

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京都」カテゴリの記事

コメント

そうでしたね。天竜市西藤平だった?今は浜松市に合併されたようです。静岡の森林インストラクターの会が阿多古演習林で自然観察会をやったというHPの記事が出ていました。
 
あの辺りに阿多古川が流れています。どこか流域に愛宕神社があるのではないでしょうか。

投稿: 森太郎 | 2008年6月26日 (木) 07:39

今は昔、「阿多古演習林」というのが、静岡県にありましたが、今はどうなっているのでしょうかね。またこの阿多古という地名と愛宕は何か関係があるものでしょうか?

投稿: 北の権助 | 2008年6月25日 (水) 09:30

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