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風の巻31・間近に見ました!

 とある小さなトンネルの中で間近に見ました。写真を見ればお分かりかと思いますが、蝙蝠です。Dsc00029

 このトンネルは、実は農業用用水路なのです。田んぼへの水を取るため山の上から集めた水を道路の下を通して下流の田んぼへ導きます。竣工したのは昭和25年といいますから、57年ほど前のこと。場所は兵庫県の新温泉町海上です。海上というのですが、かなり山間部にあります。

 全長は約300メートル、内部はコンクリートで覆われいますが、もう随分と傷んでいます。でもこのあたりは、地山の岩盤の中に掘られているので崩れることはないようですが、手前約100メートルの部分は、昔々の”山津波”で崩れた土砂でできた部分らしく、一部で崩壊がありました。昔の人は困難な工事もやり遂げたんだなーと感心します。

 ところで、蝙蝠をこんなに間近に見たのは初めてです。目の前50センチ程度まで近づきました。こちらへ飛んできたらちょっとビックリしたでしょうね。

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森の巻59・うらごけ・・・???

 「うらごけ」なんて言葉きいたこともないだろうと思います。これは林業用語の一つ。

2回前に書いたものの中に「本末同大」という言葉があったのを覚えていますか?(多分、覚えていないかも・・・)木の幹が上と下とで同じ太さであるものをそのように言いましたね。Dsc00028

 今度はその逆で、下が太くて上が細いものを「うらごけ」と言います。(「とっくり(徳利)」とか言う人もいます。)このようになるDsc00027_4と、材としての価値は下がります。

 ここの写真がそうだろうと思います。単木的になっているのではなく、その区域全体にそのような傾向が見られました。写っているのは、ヒノキの植栽木ですが、おそらくスギの適地であるところにヒノキを植えてしまったのが原因ではないかと森林組合の人は言っていました。近くに道が出来たなど、植栽後の環境の変化も影響しているかもしれません。

 ところで、「うらごけ」を漢字で書くとどう書くでしょうか?

 正解は・・・・「梢殺」・・・です。難しいですが、意味が分かるような気もします。

 

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森の巻58・枝打ちの跡(2)

 枝打ちも時代によりやり方が変わるようです。以前は、鉈で幹の近くぎりぎりまで落としていたようです。しかし、その場合には、幹が傷ついたりして腐れが入ると、材に悪影響をおよぼすので、枝打ちはかなり高度な技術を必要とするとされていました。

 しかし今では、そのような技術の専門家でもある森林組合の人でも鋸で枝打ちをします。

また、その方法も、幹と枝の間の部分にある「座(ざ)」と呼ばれるところを残して、そのすぐ先で切り落とします。Dsc00026

 枝打ち部分を横から見た写真の、幹からちょっと出た、へそのような部分が「座」です。この部分だと、切断面積も少なく「巻き込み」といわれる節の部分の材への取り込みも早くできるそうです。

※地域によっては、様々な枝打ち技術がありますので、ここで説明したことと違うかもしれません。(今回は、兵庫県西部の宍粟市の森林組合の方に聞いた話です。)  

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森の巻57・枝打ちの跡(1)

 林業関係の方なら誰でも知っている「枝打ち」。主にスギやヒノキに対して行なわれます。読んで字のごとし、幹から出ている枝を落とすのですが、今では鋸で作業がされます。枝落としではなく、なぜ枝打ちなのでしょうか。もともとは、というか昔は鉈(なた)で打つように不要な枝を切り落としていたからです。Dsc00025 専用の鉈もあります。

 なぜ、枝打ちをするのでしょうか。主に二つの目的があります。樹木を材木にすると枝の部分は節になります。枝をそのままにしておくと、板材などでは節がたくさんできるようになりますし、柱材では外側に節が残ったままになり、価値が下がるからです。

 適期に枝打ちをすると、枝打ちの跡は材の内側に巻き込まれて、節が少なくなったり、無節の柱材や節の数の少ない材が採れます。

 もうひとつ、枝打ちは下のほうの枝からするのですが、そうすることで、木の下と上との太さが揃うようになるのです。まったく同じということはありませんが、「本末同大」と言って、太さが均一に近い方が値打ちがでます。

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森の巻56・母樹林です

 母樹林という言葉を聞かれたことありますか。有用な樹木の形質等が優良なものを選んでその種子を採取するために、設定された樹林のことです。

兵庫県の西部の宍粟市で見かけた「ケヤキ」母樹林です。わずか0.1ヘクタールの面積しかありませんが、りっぱなケヤキが林立しています。Dsc00016

遠景での写真ですから、ケヤキの1本1本の大きさは分かりにくいかもしれませんが、直径80センチ、樹高20メートル以上でしょうか。確かに立派なものです。

 実はこの母樹林の周辺では、台風被害で多数の風倒木が発生し、大変荒れた山になりました。そこで、山すそにあるこの母樹林の保護も兼ねて風倒木の搬出や山の復旧工事などが行なわれました。おかげで、このケヤキの母樹林も二次災害にあう恐れはなくなりました。あまり人目につかない場所ですが、地道な対策がなされているのですね。

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京の巻60・伴氏社ってご存知?

 天神詣でのついでといってはなんですが・・・、少し珍しいものを紹介しましょう。京都には寺院とともに神社も多く、その入口には当然のように鳥居が建てられています。俗界との境を示す”結界”になっていて、そこから先は”神域”という神聖な場所になります。単なる門とは少し違うかと思います。

 鳥居もある程度は形式が決まっていて、神明鳥居、明神鳥居などが基本形のようです。そんな中、珍しい形をした鳥居もみられ、ここ北野天満宮には境内末社のひとつ「伴氏社」の石の鳥居が京都三珍鳥居の一つとされています。Dsc00020

高さ約3メートルの花崗岩でできた鳥居ですが、どこが珍しい?のでしょうか。まずは柱の足元の台石が変わっています。左にアップ写真を載せておきましょう。

Dsc00019 蓮弁(蓮の花弁)が刻まれているのです。

また、樹に隠れて見にくいのですが、「額束」が「島木」という横に渡した横木にまで入りこんでいるようになっています。普通は「島木」は左右に通っているものなんですが・・・。なお、この鳥居は鎌倉時代のものとか。

 さて、京都三珍鳥居の残り二つは「京都御苑の厳島神社」と「蚕の社」の鳥居なんですが、又の機会に紹介しましょう。

 ところで、この伴氏社には、菅原道真公の母である伴氏が祀られています。また、北野天満宮には、道真公の妻である吉祥女と長男である中将殿も祀られているのです。道真ファミリーの神社なんですね。

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京の巻59・天神さん

 初詣に天神さん(北野天満宮)に参りましたが、その社殿は、慶長十二年に造営された桃山時代の様式を継ぐ建物です。彫刻が素晴しく、建物全体が国宝に指定されています。この社殿に菅原道真公が祀ってあるのです。

 Dsc00008 彫刻の一部を紹介しましょう。Dsc00009 Dsc00010

白い虎の彫刻もありますね。

また、梅の花をこよなく愛した道真公にちなんで、境内には梅の木がたくさん植えられています。

また、当社の紋は「星梅鉢」という紋で写真に見るようなシンプルで分かりやすいデザインになっています。Dsc00011 梅の花が咲いたら、そのつぎは「桜咲く(サクラサク)」になってほしいものです。

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京の巻58・新しい年を迎えました

皆様 新年あけましておめでとうございます。

我が家も無事に新年を迎えることができましたが、皆様のご家族はいかがでしょうか。

 例年、初詣に家族で行きますが、今年は元旦早々より「北野天満宮」へ参ってきました。学問の神様として信仰されるようになった菅原道真公が祀られています。この道真公は、文章博士から右大臣にまで登った人ですが、左大臣の藤原時平のため九州の大宰府へ左遷されました。しかし、その学問は素晴しかったようで、今ではまさに日本の学問の神様になってしまいました。そのため、毎年初詣で多くの受験生が参拝するのです。各地に天神様は多くあるかと思いますが、なにせ本家本元の天神さんですので、御利益も大きいかろうと・・・。Dsc00003

「三光門」と呼ばれている中門を入り社殿にお参りします。お参りが済んだら、お守りや破魔矢などを求め、また絵馬に希望の学校への合格祈願を書き記して奉納します。受験生はこれをしないと何か気持ちが落ち着かない感じでしょうか。

今年は、我が家にもその受験生がいますので、一生懸命拝んできました。「天神さん!お頼み申します~!!」

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