« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

風の巻25・築城400年!彦根城(1)

               日本の城は天Dsc00009守閣をそなえ見た目にも立派なものが多いのですが、世界文化遺産に指定されている姫路城は国宝にもなっています。城郭でその他に国宝になっているのは、犬山城、松本城そして彦根城です。Dsc00011

 その彦根城の築城400年を記念して、いろいろと催しが行なわれています。京都から足を伸ばして行って来ました。博物館では、近世の風俗画の傑作といわれる「彦根屏風」が展示されていました。寛永年間の作とされていますが、作者はわかっていません。狩野派の絵師だろうとはいわれているらしいのですが・・・。

 また、当然ですが、鎧兜などの武具もあります。目を引いたのは赤い色が鮮やかな「朱漆塗朽葉糸威縫延腰取二枚胴具足」です。これって読めます?・・・(しゅうるしぬりくちはいとおどしぬいのべこしとりにまいどうぐそく)なんだそうです。 これは第十一代藩主井伊直中が使ったものです。直中は桜田門外の変で知られる井伊直弼の2代前の藩主です。

 なかなか見事な鎧兜でした。

| | コメント (0)

風の巻24・ここにも三重塔が

「鶴林寺」は古いお寺だそうです。その創建には聖徳太子がかかわったというほどですから、随分古Dsc00024い話です。565年高麗から来朝していた恵便という僧のため精舎を建てさせたのが始まりといわれています。しかし、その由来、歴史にははっきりしないことが多いそうです。

  それはそれとして、播磨の国の加古川にある「鶴林寺」は静かなたたずまいを見せる播磨の古刹といえます。三重塔がDsc00030印象的で、仁王門の仁王様にも古さがしのばれます。

  そうそう、「鶴林」というのはお釈迦様の涅槃の時にそばにあった沙羅双樹の林だということです。そんな意味があったとは・・・。

| | コメント (0)

森の巻50・MOTTAINAIで植樹!

 MOTTAINAI・・・これは「もったいない」のことです。日本語なのになぜわざわざローマ字で書くんでしょう。ローマ字というより、世界語として広めるためにこんな書き方をするんです。

 ワンガリ・マータイさんという人を知っていますか。今年のノーベル平和賞は、アメリカの元副大統領だったアル・ゴア氏で彼の環境(特に地球温暖化防止)への取り組みに対して贈られたのは、ご存知でしょう。その環境分野での活動家として初めて、2004年にノーベル平和賞を受賞したケニアの女性です。

 Dsc00026_2 その彼女が、日本へ来て毎日新聞の編集局長とのインタビューで「もったいない」という言葉を知り、この概念を世界に広Dsc00018_2めようと思い、他の国の言葉をさがしたけれども、同じような概念を持つ言葉がなかったので、そのまま日本語を使うことにしたのです。

 そんなマータイさんの活動の一環として「MOTTAINAIキッヅ植樹」活動があります。子どもたちに植樹を通じて身近な環境のこと、地球環境のことなどを考えてもらうという取り組みです。

 私が所属する京都森林インストラクター会主催でこの植樹活動に取り組みました。国土緑化推進機構やローソン緑の募金など様々な団体や人々の協力で京都駅の西にある「梅小路公園」の一角に梅小路小学校の子どもたちと一緒にイロハモミジを植えました。

 ゲームや自然観察などもやって、子どもも大人も楽しい一日を過ごしました。

   

| | コメント (0)

京の巻50・歴史あるお堂です

 京都には街中にも歴史のあるところがたくさんありますが、周辺の山間部にも由緒ある場所があります。森の巻で鞍馬に戻ってきたので、京の巻でも再び鞍馬の紹介です。

Dsc00080  鞍馬の山中を随分奥までやって来ますと、鬱蒼たる森に囲まれたところがあり、そこにお堂があります。「僧正が谷の不動堂」です。このお堂には不動明王が祀ってあるのですが、その不動明王はあの伝教大師最澄が、ここに籠った折に自ら刻んだものだということです。本当ならすごいものですね。

 また、この辺りを僧正が谷というそうですが、牛若丸が日夜兵法を修行した場所で、『鞍馬天狗』を相手に武芸に励んだそうです。一度見てみたかったです、その姿を!

 その牛若丸は、源義経として数奇な運命の元、平家を滅亡させた後、兄の頼Dsc00082朝との関係が悪く、奥州へ逃げ延びて、文治元年(1189)衣川の合戦で自害したと伝えられています。その魂が幼い頃過ごしたここ鞍馬に戻り「遮那王尊」として鞍馬寺の本尊「護法魔王尊」の働きを助けているとのことで、「遮那王尊」を祀ってあるのが、「義経堂」です。

 この二つの場所は、すぐそばにあるんですよ。

| | コメント (0)

森の巻49・”天狗の卵”?

”天狗の卵”??最初聞いたときは「えっ?」と思いました。天狗は卵から生まれるのか・・・。ぜひ見てみたいと思ったのですが、意外とすぐに見ることができました。

「ふむふむ・・・、なるほど、確かに卵だ!しかも地面に埋まってるぞ。」そうなんです。天狗の卵は地面に埋まっているのです。そのうち、地表に出てきたやつが見られるのです。

では、”天狗の卵”をお見せしましょう。Dsc00077 分かりにくいですか?・・・そう、ちょっと見せ惜しみしてみました。写真をクリックしていただくとよく見えますよ。

ついでに、もう一つ別の卵をお見せしましょう。Dsc00078 同じくクリックしてみてください。

実はこの卵は、岩石なんです。(「やっぱり」という声が聞こえてきそうですが・・・。)

 いままで何度か紹介してきた、「石英閃緑岩」がその正体です。地中で縦横に割れ目が出来ると、外側から丸くはがれるように風化してゆくのです。(玉葱状風化というそうです。)そんな岩石が、鞍馬の奥の院へいく道の傍で見られるというのが面白いですね。鞍馬の”天狗の卵”とは、いったい誰が名づけたのでしょうか。感心してしまいます。

| | コメント (0)

森の巻48・木の根道

 また、鞍馬の山に戻ります。少し前に柏原の木の根橋(ケヤキの根)の紹介をしましたが、鞍馬の山では「木の根道」です。

Dsc00073 杉の大木が鬱蒼と茂る鞍馬の森の道に木の根が浮き出た道があります。「背比べ石」の近くに見られます。見た目にも奇異な感じの杉の根は、地中に入り込むことが出来なくて、地上に根を張らざるを得ないのです。「なぜ?」簡単に言うと、地面が堅いからです。

 Dsc00074 普通木の根は少々堅い地面でも隙間や割れ目を見つけて地中に入り込むことが多いのですが、ここではかなりの根が地面の上にでています。

 鞍馬の山に貫入してきたマグマ(石英閃緑岩)の熱の影響を受けて地表の砂岩が風化しにくい砂岩フォルンフェルスになり、大変硬くなったため根が入らなくなったと考えられています。

 ところで、ここを歩くときできるだけ根を踏まないようにして歩くのですが、どうしても踏んでしまうこともあります。全部を避けるのはむりなのです。それで、根の表面は皮も剥けてちょっと痛々しい姿ではあります・・・。仕方がないのかなあ。

| | コメント (0)

風の巻23・つつじ太鼓

Dsc00009  前回柏原は城下町だと紹介しましたが、街中に往時をしのばせる建物が残っています。この櫓は元はお城の追手門に設けられていた櫓で、警報時や、時を知らせる役目を担っていたということです。

 その最上層に太鼓があり、「ドン、ドン、ドン・・・」と町の人々に時を告げていたのでしょう。

 その太鼓の名は「つつじ太鼓」だそうです。

詩人野口雨情が柏原を訪れてつくった柏原小唄の一節・・・

「町の真ん中 櫓の上で つつじ太鼓が 昼寝する」

| | コメント (0)

風の巻22・木の根橋

 柏原の町に行ってきました。ここは丹波の一角で今は合併で丹波市となっています。かつて柏原藩の城下町として栄えたところ。市役所の古い建物のそばに大きな樹が立っています。Dsc00001 そうとう大きな樹なので、遠目には分かりにくいかもしれませんが、これは「ケヤキ」の大木です。

 まあ、それだけならよくある風景なのですが、この樹の立っているところが、川の傍。奥村川という小さな川のほとりですくすくと大きくなったものだから、ちょっと珍しいことになりました。

 幹の太さ(周囲)は6メートルと結構太いのですが、それよDsc00007り何より驚くのが、その根の太さです。そして・・・その根は川幅6メートルの奥村川をまたぎ、向こう岸に達しています。

 誰言うとなく「木の根橋」。 木の葉で少し見づらいかもしれませんが、確かに川をまたいでいます。横を道路が通っていますが、それがなくても、人ならこの木の根橋を渡ることはできますよ。

最後にそのDsc00013根のアップをお見せしましょう。

| | コメント (0)

京の巻49・歴史ある店です

 いろいろな店を見てきましたが、三条通寺町を少し北に上がると落ち着いた感じの店があります。入口には大きな看板があり、「鳩居堂」(きゅうきょどう)と金色で書かれています。書道用品や和紙などが店で売られています。Dsc00129

この店の始まりは1663年に薬種商から始まったそうですから、340年も続いているのですね!しかも、その創業者は、あの平敦盛を討ち取った熊谷次郎直実の二十代目の熊谷直心(じきしん)という人物だそうです。

 薬種の原料が香の原料と共通していたので薫香線香を販売するようになり、併せて書画用文具を中国から輸入して販売したそうです。頼山陽が筆や墨の改良をしたりしています。また、藤原行成筆の「仮名消息」が国宝に指定されたりと、驚くような歴史を持っています。

 ほんとうに京都には歴史が詰まっているなーという気がします。

| | コメント (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »