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風の巻16・さよなら!餘部鉄橋(2)

高さ45.3メートルもある餘部鉄橋を真下から見上げると圧倒される眺めです。Dsc00016_3

でも、長年、冬の日本海からの雪まじりの強風を受け、文字通り風雪に耐えてきました。あまりの強風のため列車がこの鉄橋から落ちて犠牲者が出たことは、まだ記憶に残る悲しい事故でした。

 それほどの厳しい環境なのでたえず維持管理がされているようです。最近では2005年7月に塗装がされています。Dsc00017_1 でもその下地はどうなのでしょうか。この塗装もすべてに渡ってされているわけではなく、随分とひどい状態の箇所も見られました。 どうです、さびが浮いているでしょう。「本当によく頑張っているなー」という印象を受けました。Dsc00021_5Dsc00007_5

この鉄橋は海がすぐ近くなので、波しぶきも相当なものでしょう。海岸は石ころだらけですが、波にもまれて全部まん丸になっています。 「ごろごろ・・・ざざざー、ごろごろ・・・ざざざー」と石がもまれる音がするんですよ。(続く)

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風の巻15・さよなら!餘部鉄橋(1)

 皆さんは、餘部鉄橋をご覧になったことがありますか。明治45年にできた餘部鉄橋は、新しい鉄橋に架け替えるための工事が間もなく始まります。そのため、もう一度あの姿を見てみたという人々が大勢この鉄橋を訪れています。Dsc00002_1

 ある晴れた冬の日にこの餘部鉄橋を訪れてみました。暖冬のせいで雪もなく、良く晴れた穏やかな日でした。以前にこの地域で仕事をしていたので、何度も何度もこの鉄橋の下をくぐっています。暑い夏の日も、荒波吹きすさぶ冬の日も鉄橋をわずかなお客さんを乗せた列車が通るところも何度も見ています。Dsc00012_8

 でも、いよいよその姿が見られなくなると思うと、やはりもう一度という気になるものです。鉄橋の下には川が流れていて日本海に流れ込んでいますが、本当に小さな川です。この川を渡るためにしては、餘部鉄橋はあまりにも大きすぎます。山陰本線の線路が高いところを通っているため、この場所ではどうしても、高さ41.45メートルの鉄橋が必要だったのでしょう。 (続く)

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風の巻14・裁判所と神社??

 神戸はハイカラな街として異人館などで知られていますが、その異人館街よりはずっと西にあるJR神戸駅の北にレンガ造りの建物があります。神戸地方裁判所です。もともとは明治37年(1904)に建てられた3代目の神戸地裁の建物なのですが、昭和60年の改修にあたり、上層部がハーフミラーで覆われたのです。Dsc00021_4 Dsc00020_4

 実は、仕事の関係でこの裁判所をたびたび訪れていたのですが、この外観の組み合わせに違和感を覚えました。煉瓦とハーフミラーがうまくマッチしていないようです。建築関係の方々にも評判が良くないということです。(時々テレビのニュースで映像が映るとすぐに神戸地裁だとわかるのですが・・・)

 このDsc00030_3裁判所のすぐ西隣にあるのが、湊川神社です。ご存知楠正成を祀る神社ですが、楠正成は、この湊川の地で足利尊氏の大軍と激戦の末敗れてしまったのです。その地に墓所が設けられましたが、明治5年になって「湊川神社」として創建されたのです。(右の写真は楠正成の墓所です。) Dsc00029_4

そんな訳で「裁判所と神社」が隣り合わせに並んでいる神戸の街の一角を紹介しました。

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森の巻19・間近にみられる冬の野鳥です

 この冬は暖冬で、もう桜が咲きそうだというところで、また冬型になり雪の降った地域も多かったのでは・・・。そんな中でも、自然に生きる動物は食べ物探しが大変です。山や野に行くと野鳥もよく見られるのですが、もっと間近に見ることもあります。

 我が家の狭い庭にも時々野鳥がやってきます。何種類かいますが、よく見かけるのはメジロでしょうか。あとシジュカラも割合やってきます。 Dsc00065_1 一昨年の冬、ためしにミカンをエゴノキの枝に差しておいたところ、早速メジロがやってきて、ミカンをついばんでいました。ところが、そこへヒヨドリがやってきたものだから、メジロは追いやられてしまったのです。(野鳥にあまり餌を与えるのはよくないので、本当に寒い冬場だけの、しかもほんの少しだけです。)

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 そんな様子も家の中から窓ガラス越しにみることができます。また、メジロがもっと接近して、台所の窓から中の様子をうかがっているような様子も見られました。このときは1メートルより近づいて写真に撮ることができました。Dsc00003_7 家の近くに小さな森(古墳がある森)があります。また少し離れたところにも山の峰があったりして、割合身近に自然を感じられるのは嬉しいことです。

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風の巻13・江戸時代と明治時代

 丹波地方のとある町に江戸時代と明治時代が同居していました。このまちは今兵庫県丹波市ですが、合併前は柏原町でした。この地はかつて柏原藩とよばれた城下町で、正徳4年(1714)に藩主織田信休が築いた居館の「長屋門」と「表御殿」が今も残されています。

Dsc00013_6  1714年といえば、徳川七代将軍家継の時代です。2年後には”あばれんぼう将軍”でおなじみの吉宗が将軍につきます。この長屋門は入母屋づくりの簡素な建物ですが、大名邸宅の遺構として大切に保存されています。

この建物のすぐ北に明治時代の洋風建築がたたずんでいました。当時の「氷上郡各町村組合立高等小学校」の建物で、明治18年(1885)に建てられたということですが、Dsc00001_11 その後、氷上第一高等小学校、郡立柏原病院、柏原高等女学校として使用され、昭和23年まで多くの才媛を育てました。

 こんな風に小さな町にも古くからの歴史が息づいていて感慨深いものを感じさせます。

 ところで、「雪の朝二の字二の字の下駄のあと」という句をご存知でしょうか。この句の作者は田ステ女という女性ですが、句をつくったのはなんと六歳の時だそうです。田ステ女はこの柏原の生まれなのです。 Dsc00010_3

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森の巻18・森の健康診断・・・?

Dsc00021_2  いま日本の森林の4割が人工林(主にスギ、ヒノキ)です。その人工林で間伐等の手入れがなされずにひどい状態になっているところが多く見られます。いわゆるCO問題でも適正な管理がされた森林はCO吸収量が多く、京都議定書の森林吸収源対策として役割が期待されるところです。

そんな人工林の健康診断をやっているグループがあります。愛知県の「矢作川水系森林ボランティア協議会」で、その活動をされている方々を講師に、「森の健康診断」の講習が京都府南丹市の「府民の森ひよし」で行なわれたので、受講してきました。

Dsc00023_2  森林内にプロットを設定し、植生、落葉層、土壌の腐食層の厚さなどを調べるとともに、一定範囲の人工林の主たる構成樹種の直径や樹高を計ります。そのようなデーターを集め該当区域の人工林の健康の度合いを見ようというものです。(左の写真は釣竿を利用して一定の面積の中の立木を区分するものです。)

 はじめて森林で調査するような方には取り組みやすいというメリットはあるでしょうが、経験がある人なら一目で判断できる森の健康状態かもしれません。今回の講習は(社)京都モデルフォレスト協会の主催で行なわれました。一般の市民の方の関心を森に向けさせる一つの手段として考えると、うまく使えるかも知れませんね。

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風の巻12・鯨のプール!

 海から遠いはずの朝来の町に鯨のプールが出現!・・・といっても、鯨が泳ぐプールではありません。ご覧の通り鯨の形をしたプールなのですが、なかなかユニークな姿です。Dsc00048

朝来は最近の市町合併で旧朝来町、生野町(生野銀山で有名)、山東町、和田山町が一つになって朝来市となりました。その朝来市役所の前にこの鯨が泳いでいるのです。中は写真のようにまさに人が泳ぐプールで、尾っぽの方にはトレーニングルームもありました。Dsc00041 Dsc00043_2

朝来市は兵庫県北部の但馬地域のうち南但馬と呼ばれる地域にあります。関西電力の揚水発電所である多々良木ダム、黒川ダムがあり、また自然豊かな地域で、特産物として「岩津ねぎ」が有名です。甘くておいしいですよ!Dsc00047

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風の巻11・近江商人の町「五箇荘」

五箇荘は、近江八幡や日野とともに近江商人発祥の地として知られています。歴史的な古さは三箇所の中でも一番新しいということですが、なかなか風情のある街並みが見られます。

面白いのは、家々に造られた板塀です。和船の船板を利用して作られており「船板塀」と呼ぶそうです。もちろん古いものもあるのですが、平成になってから作られたものもあるということです。今でも伝統が継承されているのです。Dsc00007_4 Dsc00006_5

大きなお寺や立派な神社も見られ、神社でいろいろと教えてくれたおじさんは、200戸の集落でこれだけの神社をもっているのはそんなにないだろうと自慢げでしたが、確かにそうだと納得できる立派な結神社(武須美神社)でした。Dsc00005_6

近江商人の姿はこんな格好で、五箇荘では主に「蚊帳」を扱っていたということです。Dsc00027_3

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風の巻10・桃の節句のお雛様

Dsc00020_3 三月三日は桃の節句。皆さんの家でもお雛様を飾られているかもしれませんね。滋賀県は近江商人発祥の街の一つ五個荘というところで古くからのお雛様が商家で飾られているということで、訪ねてみました。

写真のように御殿がある雛を「御殿雛」というそうです。人形の並び方もいわゆるひな壇飾りとは違いますね。御殿に上がる階段が左右にありますが、左側は幅が広く、右側は狭くなっています。広い方は公家用、狭い方は武士用ということで、力のあった武士といえども御殿(宮廷)では公家より立場が低く見られていた証拠です。

このような雛飾りを飾る商家はもちろん大きな邸宅で、その玄関脇には「川戸(かわど)」と呼ばれる家の周囲を流れる水路を利用するための降り口が設けられていました。洗い物などしたのでしょうか。Dsc00015_2

水路の水は大変きれいで、錦鯉が悠然と泳いでいました。ゆったりと流れる時間に心が癒されます。Dsc00013_5

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