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京の巻8・千両ケ辻の町屋はよかった(2)

「西陣」というのは、応仁の乱で東軍細川勝元と西軍山名宗全が戦ったときに今の大宮通周辺に西軍の陣を構えたことから「西陣」と呼ばれるようになったのです。では、「千両ケ辻」はDsc00027?それはこの地域が織物生産地の一つとして発展し、糸問屋、着物問屋が立ち並ぶ問屋街として栄えたため、毎日のように商品が辻を行き交い一日千両の小判が動いたことから「千両ケ辻」と呼ばれるようになったそDsc00029_1うです。(同志社大社会調査実習班のパンフレットより)

では玄関を入って町屋の中を見せてもらいましょう。 このお家では玄関を入ってすぐのところにこんな小さな庭がしつらえてありました。坪庭ではないのですが、簡素でしかも趣のある庭です。いいですね。感心しました。

Dsc00025普通は玄関を入ると通り庭と呼ばれる土間が奥へ続いています。そこには台所があり、かまど(京では「おくどさん」といいます。)や流しが設けられています。

たきぎを使って火を使い煙も出るし、熱気も出るので、その場所の上は屋根まで吹き抜けのようになっています。これを「火袋」といいいます。火袋は換気とともに明かりを取り入れる役目もしています。白壁と梁や柱の取り合わせが端整で綺麗ですね。

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